2014.03.02:日曜日
横河健さんの最終講義とYUI GARDENの奇跡の様な出来事について

 

 

 

 

昨日は建築家であり、YUI GARDENのオーナー(?)横河健氏の日大理工学部建築科の最終講義を受講して参りました。大きな講堂で数百人の人々が横河さんの講義に聞き入りました。

学生や高名な建築家の方々に混じって、私にとっては横河教授の最初で最後の授業を受けたわけです。率直に言うと、面白かった!学生に人気があるのが想像できます。だって学生より無邪気なんだもの・・。日大建築科の学生は、明快な優れた師を持てて幸せだったと思います。惜しまれますネ!

横河さんの講義は話し言葉で、むずかしい言葉や専門用語がほとんど出て来ません。横河さんとは長いお付き合いで、彼の実際の建築物を通して美意識の高さは実感していましたが、建築や美術について改まって話をしたことがなく、今日の講義を実はとても楽しみにしていました。

彼が今迄に創ってきた、システマティックなプロダクトの精神も入った楽しい建築物や、周辺の樹々やランドスケープを取り入れた瀟洒な個人住宅、公共施設等を見ると、この人の空間構築力の実力をもう少しこの国が生かす事ができたら視覚や触覚的な体感を通して人の意識も快いものになったのではないかと感じさせられました。

実際の仕事上では、官民の官の部分との関係がずいぶんたいへんな様子を伺い、いろいろなことが見えて来ました。建築の入札では建築物には関係なく一番設計料が安い所に発注される仕組や、大手ゼネコンの人間の感性無視の一律な建物設計等、やっぱり、と考えさせられる事も多々。

また、緑地を含む公共の土地を、建築を含むランドスケープとしての考え方がないため、建物は建物、緑地は緑地、という視点になってしまうという事等を聞き、目から鱗の感がありました。

そのような観点からも、YUI GARDENのある仲町台の横河設計工房(THE TERRACE)を建てる事は、横河さんの姿勢そのものであったし、そのために官の部分とのご苦労も聞き、何故あのスペースがあれほど人のこころを打つ特別な感慨のある空間であるのか、ということに思いが及びました。

また、神宮外苑の周辺は日本ではめずらしくよく考えられた都市景観であり皆に愛されているこの場所の新たな国立競技場計画を同業の立場からも私たち同様に、ひじょうに憂えて反対の活動をしております。

美術的な側面からのパワーのみならず、建築学会賞をとった岡山のグラスハウスの設計ディテイル等を伺うと建築の構造方面にもアイデアの閃きを感じました。そんな横河健さんの最終講義が聴けて本当に良かったと思います。あっという間の二時間でした。

そしてお話が終った後に、一曲唄おうかな、と、ギターを弾きながら、ものすごくよく通る声で「エーデルワイス」を唄いました。あ、ブルーのサングラスもかけました!

学生時代と全く変わっていませんでした。実は私たちは日大芸術学部で私が一年先輩でしたが横河クンは留学しているため年令は一緒です。ここは強調!!

インターナショナルな活躍を続け、多くの意義深い仕事をこなしながら、あれだけイノセントな横河クンは偉いな、と思い返した一日でした。

 

 

 

 

 

 

一昨日の夜遅くに、待っていたブログ・・・YUI GARDENで個展開催中のアミイゴさんから「ボクが絵を描いてきた中でこれ以上のことは無い」ということ丁寧に綴ってみますので、お楽しみに~!というメールが届いていたので、一体何が起きてどんなことが書かれているのだろうかと心待ちにしながら、自分でも画廊のブログを書いていました。小林マキさんの展覧会のこと、日々のつれづれのこと、そして最後の数行にYUI GARDENに作品を見に訪れた方々の中に素敵な化学反応が起って下さるとよいナ・・・と、心からの自分の願いを書き終わった時にアミイゴさんのブログが届きました。

その日、YUI GARDENでアミイゴさんの作品「わすれな草」を美しい佇まいの女性が購入されました。

その方にアミイゴさんがその絵に込めた思い、常日頃からアミイゴさんが敬愛の念を持っていた2011年の春に人々への愛をたくさん残したまま旅立ってしまった美術家の永井宏さんへ捧げた作品であった事を伝えた所、その女性がその方もしかしたら知っている方かもしれないと、葉山で永井さんの最後の治療を担当していた医師であったことを告げられたそうです。

永井宏さんは優れた文筆家、音楽家でもあり、アミイゴさんのみならず、数えきれない若い方々に慕われ影響を与え続けていた海辺の吟遊詩人のような人で、SPACEYUIでは毎年夏の風物詩の様に永井さんの個展を開催させて頂いておりました。

2011年3.11の震災後すぐに亡くなられた永井さんを悼む作品「わすれな草」のことは、2012年のアミイゴさんの個展の時にそっと教えて頂き、ずっと心に残っておりました。

このいくつもの符号が重なって生まれた奇跡は、決して偶然とは言いきれないものなのかも知れません。

複数のアーティスト等のエネルギーが結び合い、横河健さんの創り上げた仲町台の理想郷の中で起った出来事です。

ひたひたと後退へと向かうこの時代のさなかでの、これからの新しい出発に向けて届けられたメッセージなのかも知れません。

 

 

 

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