入谷桂子さんの個展「Keiko Iritani アリス」、楽しい展示でした。入谷桂子さん制作の縫いぐるみの登場人物や動物たちは、技術的なファウンデーションに裏打ちされた見応えのある作品です。
今回の個展では、入谷さんの作品に独特の個性が宿ったように思えます。入谷さんのアリス、入谷さんのチェシャ猫、三月うさぎ・・・、と言うように。
巨匠といった方を始め、本当に様々なアーティストがアリスを描かれておりますが、今回の個展で見事に入谷さんはご自身のアリスを創作されたと思います。
「不思議の国のアリス」という、皆が大好きなアイコンの胸を借りての表現は、多難な事もあったことと思います。そして、平面ヴィジュアルとしてのオリジナルを立体作品として実際に創り上げて行く工程は、たいへんなご苦労も多かったのでは、と想像致します。
金子國義さんや四谷シモンさんとの交流も深い元婦人公論編集長の吉田好男さんにもお出かけ頂き応援の言葉を頂いた事も嬉しい出来事でした。
そう言えば、宇野亜喜良さんに以前アリスの展覧会をリクエストした時に、資料集めに奔走、ご一緒したりしましたが、ネコ(金子さんの愛称です)のアリスは超えられないからと断念された事等を懐かしく思い出しております。
http://old.spaceyui.com/exhibition/keiko-iritani2019.html
広告、装幀のイラストレーションから絵本、と各分野から多数のオファーが絶えない、今最も注目される作家河井いづみさんの個展作品は多忙な時間の中から生まれました。
河井さんの作品は、鉛筆画とリトグラフとの二通りの技法が主体です。この二つの表現技法に共通する特徴と魅力は、やはりマットな独特の柔らかいテクスチュアを持った作風と思います。
その独特な質感・・・、雰囲気のある紙とその紙に触れるタッチから生まれる柔らかさと怜悧さとの相俟ったエネルギーは、人を魅きつける力を持ち、作品を観た人を立ち止まらせます。
大注目を浴びる河井いづみさんの先取りされたヴィジュアルセンスも、誠実に鍛えたファウンデーション、表現力が土台にあってこそその実力が発揮されるのでしょう。
来年、多忙のため個展はお休み致しますが8月に開催の画廊企画展(三人展)にご参加頂きます。2021年秋には再び河井いづみさんの素敵な作品の個展を予定しておりますので、どうぞお楽しみになさって下さい。
また、今年はかつてない大型の台風19号の来襲と重なった最終日の土曜日を急遽日曜日に予定を変更する等の出来事もありました。
アフリカへの旅が多く、ケニヤの人々の家の外壁にペインティングしたり!、現地の人々との交流が続くシーノ・タカヒデさんの毎年恒例の個展が今年も開催されました。いろいろな驚異的なエピソードがありますが、その中でも特に印象深いシーノさんのお話をご紹介させて頂きます。
↓
☆『象』…を食べた日 ☆
リュツルの森からザイール川を渡り
セントラルアフリカの首都バンギを目指していた
途中 ジャングルを移動するため
カミオンをヒッチし移動
夜は 満天の星空
カミオンの下で眠りにつく
昼間は
ヒッチしたトラックのホロの上に振り落とされないように
しっかりと体をゴムでしばり ただ ただジャングルを走り続ける
旅の移動
途中名も知らぬ小さな村に止まった
日も暮れかかり急いで空腹を満たす為食べ物を探した
ヒッチハイクの旅は休憩時間も運転手次第
しかも フランス語なのでちっとも解らない?
ヘロヘロになりながら小さなマルシェにたどり着き
言葉がわからないまま身振り手振りで食べ物を探す
何とか食事ができそうな場所を探しあてた
とにかく知ってる単語を並べて食べ物を注文する
店主は 白い歯を見せながら何かの塊を持ってきた
出てきたのが何か解らないままかぶり付くが『肉?』
…と言う事はわかったんだが
まるで歯が立たない
腹が減っているせいかそのゴムのようなその肉を
何とか嚙み切り呑み込んだ
ろうそくの灯りの下でその食べ物と格闘しながら
少しずつ飲み込んでいった
夕日が沈みかけ蝋燭越しに人影がちらほら
少しずつ目が慣れお腹も落ち着いた頃
店主にこのほし肉の正体を恐る恐る尋ねてみた
店主は
満面の笑みを浮かべて「象❗️だ」….と笑って答えた
えっ!
正体は『象の干し肉』…だった
…と、ふと座っている椅子に目線をやると
その椅子には大きな爪が…
ぼくは…象の足で作ったイスに座っていた
☆
…帰国後ぼくは肉を食べるのを止めた
卯月俊光さんの作品、昨年から新たなチャレンジをされているように感じておりましたが、今年は更に、新鮮な息吹きを感じました。
「OVAL ーひとつの宇宙ー」というタイトルが示すように、比較的小さめな画面内に楕円形のモチーフが中心となり、円形や美しい細いラインの繰り返しと言ったリズミカルな表現も加わって、卯月さん独自の世界観が表現されました。
花々や月や雲、また朧な空気感や雨模様など、日本の伝統的な表現世界に通じるモチーフや作品の構図や染色等の技術的な側面から感じられる静謐な様式美には、積み重ねられた時間や人々の経験則や叡智から成る圧倒的な力があると思います。
卯月さんが表現されようとしている、そのような様式を湛えた作品を個性豊かに制作するということは、想像以上に難しく困難な場面も多々あるでしょう。
その上にポップな味わいも加味された卯月さんの作品は、今の時代を生きる人々にとって様々な角度から楽しめる共有感覚を呼び覚まされるように思います。
スペースユイでは、二度目となる百瀬恒彦さんの写真展が開催されました。
今回は、ニューヨーク近郊に住むアーミッシュと呼ばれる人々の日々の情景がテーマでした。
電気も通らない、電話等の通信機器も持たず、自動車の変わりに馬車を使うという、現代の文明に頼らない生活を選んだアーミッシュの人々は、もち論写真に写される事も好みません。
百瀬さんは、撮影に要する短い期間に若い女性たちの初々しい笑顔や子供たちの楽しそうな笑顔を逃さず捉える事に成功しました。
そしてアーミッシュの人々と一般の人々の住居とは混在していて、夜になり電気のついている家とそうでない家とで区別がつくのだそうです。
また、今回の展示表現として、ニューヨークの街の光景とアーミッシュの集落や人物とを交互に並べ鑑賞できた事も、その対比を皆さんに楽しんで頂けたと思っております。
百瀬さんの作品に魅かれた若い方々も多くお出かけ頂いた事も印象的でした。
百瀬さんの提案では次回はキューバがテーマの展覧会で、その次にマザーテレサの肖像の展覧会を、という事です。そしてどの作品も魅力あるものばかりですが、マザーテレサの表情とその捉え方が強く印象に残りました。
マザーテレサは多くの写真家によって世に出ており、私も他の写真家の方々を存じ上げていますが、百瀬さんの写し取ったマザーテレサの顏が忘れられません。畏怖を感じるほど強烈な優しさといった風な感慨を初めて持ちました。
優れた作家のポジティブな力を持つ作品は、確実に人々の心に繋がって行くと思いますので、今の時代、特に百瀬さんによるマザーテレサの肖像写真の展示が待たれます。
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